日本国における自殺者が国家の社会的、経済的損失となることを防ぎ、有益なる行為とならしめるための穏健なる提案

この国では毎日のように全国のどこかで自殺のニュースが流れている。いじめが原因で将来を担う若い命が高層階から飛び降りる。大都市では働き盛りの大人が鉄道に飛び込んで、関係のない何万人もの人が迷惑している。さらに世界でも例を見ない過労死は、今では世界共通語へ昇格した。もはや自殺は、身近にある日常のヒトコマと化したようだ。

少しでも、この国の現実を理解できる人であれば、以下のことに同意してもらえるだろう。警察の資料によると、2003年の年間35000人をピークに、今でも毎年20000人程度が自らの命を絶っている。年代別に見ると、20歳代で自殺死亡率が上昇傾向にあるのに対し、40歳代以上では低下傾向にある。ただし、この国は高齢者社会へ突入しており、今後は高齢者の自殺も増加していくだろう。WHOの統計では、世界各国の自殺死亡率でワースト6位。先進国の中では最悪である。このような状況から、日本の自殺による経済的損失、国家的損失は計り知れない。自殺せずにそのまま働き続けた場合、国内総生産(GDP)は1兆円増加するとの試算がある。それゆえ、自殺者による経済的損失を最小限に食い止め、社会を健全化させる方策を発見した人物がいるならば、その者は、素晴らしい功績をたてた人であるから、国家の保護者として銅像を設置するに値するであろう。

だが私の目的は、ただ単に自殺者を減らすだけにとどまらない、より広義の目的は、不治の病で苦しんでいる病人や、その家族の負担を減らし、国家社会に復帰させることにある。

私は数年間、この重要な問題について思いを巡らし、他の方々の、様々な自殺対策の政策を慎重に分析していった。相談窓口の充実や、防止キャンペーン等、どれも多くの人的資源や財源を必要とし全国的なセーフティネットには至っていない。

私の提案は、生と死の中間の世界を用意し、自殺志願者は一旦そこで自由に過ごしてもらうというものである。その後どうしても自殺したいとなれば死の世界に行ってもらい、やはり生を全うしたいとなれば、この世界に戻ってもらう。このような緩衝地帯を設けることで、自殺者を精神的に救済することができるのだ。

私の提案には、もうひとつの大きな利点がある。それは、自殺する場所をあるていど想定できれば、亡くなった人の臓器を迅速に回収できるということである。亡くなった人の腎臓、肝臓、心臓などの臓器を回収できれば、社会全体にとっては、1人の命を失うが、それと同時に3人から4人の命を救うことができるのである。

まず我が国の現状を整理する。
2016年の統計では、自殺者数は21,897人。そのうち男性は約70%、年齢別でみると40代が約17%で最も多く、30歳未満の若年は約13%もある。その手段別でみると、第1位は首吊りで65%、第2位は飛び降りで11%であり、1位と2位で全体の8割近くにのぼる。人数でいうと2016年に首吊りと飛び降りで亡くなった人は約16000人である。

日本臓器移植ネットワークの統計によれば、2016年の臓器提供数は96件、移植件数は338件である。一人の人間から、複数の臓器が提供されるため、平均して人体1体で3.5人の患者を救うことができるのである。
臓器提供を希望する患者の数は、腎臓が一番多く2016年の数値で12828件、2番めに多いのは心臓で556件である。

そこで、私は謹んで以下の施策を提案する。おそらく誰も異議は無いものと思われる。

全国の寺に、自由に立ち入りができ、だれも干渉しない、生と死の中間の空間を設置する。ここでは仮に「弘智庵」と呼ぶ。弘智庵に入った者は、1時間に1回、鈴を鳴らす決まりとする。それは弘智庵に滞在し生きていることを通知するためである。そして弘智庵で入滅した者は、即座に臓器を回収され全国の臓器移植を待つ患者へと提供される。

本提案により、すべての自殺者を無くすことはできないが自殺者を減少させてかつ国家の利益とすることが可能である。
総数だけで見れば、首吊りで自殺する人の多くが弘智庵で自殺してもらえれば、臓器移植を待つほぼすべての患者を救うことが可能である。これは2016年の移植実施が96件しかないことからみても、劇的な改善といえる。もちろん臓器提供は血液型等の適合性があるため、数値だけで判断できない部分も考慮する必要がある。

ところで、最近になって真の愛国者として尊敬される人物から、私の提案をより良くするためのアイデアをいただいた。
彼が言うには、近年いじめによる自殺が後を絶たない。そこで弘智庵で自殺をなした者は、復讐権を与えるようにすれば、よりよい提案になるという。つまり復讐したい人の名前を残して自殺した場合、自分の命と引き換えにその名前の人物を強制的に殺人犯とすることができるということである。

このようにすれば、確実に復讐をなせるため、いじめやパワハラが原因で自殺を考えている人は、積極的に弘智庵を利用する動機となる。結果として臓器移植が実施され多くの命を救うことができる。また加害者を犯罪者にできるので、自殺した家族や親族の心の苦しみを和らげることにもなる。さらにいじめやパワハラを事前に加害者に伝えることで、もし自分が弘智庵で自殺すればあなたを刑務所に送ることができるという警告にもなる。これでいじめを減らす十分な抑止力になるというのである。

しかし、この尊敬される愛国者のアイデアはまさに敬意を払うべきものであるが、必ずしも彼の考えに賛成するわけではない。
というもの、昔から日本では敵討という形で復讐が認めれていた。しかし、それは基本的に親族に関するものであり、それ以外の者では認められていない。そのため、赤穂浪士は復讐のようでありながら、それが公式には認められず、実行犯の義士は切腹となったのである。また、日本では江戸時代まで「殉死」という制度があった。これは、仲の良い知人が亡くなった時に、自分も一緒に死ぬというものである。つまり彼の提案は、憎い人を相手にするという点で、この古来の風習とはまったくの逆の発想である。

以上のことから、自殺をなしたからといって自動的に第三者を道連れにするような提案は、日本の文化になじまず、多くの賛同を得られるとは思われない。そもそも復讐という私的制裁は、自分が受けた損害に対し同等の損害を相手に与えることが基本である。いじめの場合でいえば、いじめによる損害を受けたなら、加害者に対して同じいじめを行ってこそ復讐として成立するのである。であるから、いじめに対する抑止力としては、弘智庵を利用するのではなく、うさぎのぬいぐるみか藁人形を利用すべきである。

話がかなり脱線してしまった。本題に戻る。私の提案の長所をみると、明らかに最も重要視されるべき点が数多く存在する。

第1に、弘智庵に滞在することで、自殺希望者が今一度気持ちを整理する機会を与えることができることである。弘智庵で一人でいても良いし、他の支援者とともに話し合い新しい人生を見つけても良い。

第2に、臓器提供を待つ多くの患者を救うことができる。臓器の適合性を無視して数値だけ見れば、臓器提供を100%国内で自給できる。

第3に、臓器提供を受けた側の寄付を利用すれば、亡くなった人の葬式代が確保され、その家族の経済的負担を減らすことができる。

第4に、国家の経済を増加させることができる。一人がなくなることによる経済的損失が発生しても、臓器移植により平均3人が、患者から社会復帰して経済活動を行えば、結果として国家の経済力増加に寄与することができる。

第5に、人が亡くなった場所は、不動産として事故物件となり、その価値が著しく下がる。そのような場所を少なくすることができ、また事故物件の周辺住宅への心理的影響も無くすことができる。

この他にも多くの利点が挙げられるだろう。たとえば、若者が自殺して、その親が悲しみにくれている。だがその若者の心臓が、他の人に移植され生きていれば、自殺した子がまだ生きていると考えることができるし、子の命が結果として苦しんでいる他人の助けになると実感できる。そうなれば親の悲しみを和らげることも可能である。話を簡潔にするために、これ以上は省略する。

私には、この提案に対して異議申し立てがなされるなどと考えることができない。
多くの人々には、ぜひ次のことを認めていただきたい。自殺する原因は多種多様である、そのすべての原因を少数のカウンセラーや医者で取り除くのは、時間的にも費用的にも人的資源的にも困難である。であればこそ、自殺する原因を取り除くことに時間を割くよりも、その肉体を用いて複数の他人を救うほうが社会全体の利益に叶う。臓器移植を待ち望んでいながら、提供されることなく亡くなる人もいるのである。

私自身について言えば、長年にわたって無益で無駄で非現実的な考えを提案することに疲れきってしまった。ついに人生を諦めかけた時に、幸いにもこれまでに述べた提案を思いついたのである。これは明らかに斬新で、現実味があるから、これこそ真に価値ある試みとも思えるところがある。臓器提供を待ち望んでいる患者に確実に夢と希望を与えることができる。

私は、良心に賭けて、この提案に関して何ら利害関係が無いことを明言する。ただ日本国において臓器提供を待ちながら、それを受けられないでいる患者やその家族の苦しみを無くしたいだけである。そして自殺した人の尊厳を最大限尊重し、その魂を他の苦しんでいる人のために活かすこと以外に何ら関心を持っていない。私は、自殺したことがないので、したがって臓器提供をすることができない。

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