この国の病院に行ってみると、待合室は朝から高齢者で溢れ、なぜこんなに病人がいるのだろうかと不思議に思うくらいである。すでに一部の病院では他の病院の紹介状がないと初診を受けられない、または料金が高くなる仕組みになっている。それでも、高齢者は病院に行くのである。
少しでも、この国の現実を理解できる人であれば、以下のことに同意してもらえるだろう。
日本国では、65歳以上の高齢者は2017年現在約3300万人であり、さらに今後確実に増加する。それにもかかわらず日本国は慢性的な医師不足で、人口1000人あたりの医師数は2.3人しかいない。WHOのランキングでは世界50位以下である。このような状況から、日本の医療制度は崩壊しかかっている。それゆえ、高齢者の病院への依存を食い止め、高齢者医療を健全化させる方策を発見した人物がいるならば、その者は、素晴らしい功績をたてた人であるから、国家の保護者として銅像を設置するに値するであろう。
だが私の目的は、ただ単に高齢者の通院を減らすことにとどまらない、より広義の目的は、高齢者の健康を増進し、その家族の負担を減らし、より安全で健康的な社会を実現することにある。
私は数年間、この重要な問題について思いを巡らし、他の方々の、様々な高齢者医療対策の政策を慎重に分析していった。高齢者医療制度の改革、遠隔医療技術の推進等、どれも多くの財源を必要とし、国民に新たな税負担をかける割には効果は限定的である。
私の提案は、高齢者にもっと健康に気をつけてもらい、毎日すこしずつ健康のための活動をしてもらうというものである。この提案を実行すれば、高齢者は病院へ通い何時間も待合室で待たされることを繰り返すことなく、また身近な家族や親族に世話になることなく健康的な毎日を送ることができるのだ。
私の提案には、もうひとつの大きな利点がある。それは、より充実した高齢者医療を実現できる可能性があるということである。高齢者は、毎日の健康チェックを行い、かすかな異変に迅速に対処すれば僅かな治療で健康を維持できるのである。予防の観点から医療を考えれば、高齢者医療が家族や国家の負担になることを防止するだけでなく、より充実した医療を提供できることは明らかである。
まず我が国の現状を整理する。厚生労働書の調査によれば、高齢者人口は、2015年に約3300万人となり、10年後の2025年には3600万人となる。さらに2042年にピークを迎え約3800万人となる。高齢者の内、病気や怪我等の何らかの自覚症状のある者は46%と約半数は病院予備軍である。さらに認知症患者数は2012年は約460万人、高齢者の7人に1人である。今後さらに増加し2025年には高齢者の5人に1人は認知症になるとの予測がある。このように、医療そのものが高度になり経費がかかるようになるなか、医療を必要とする高齢者がどんどん増え続けている。
そこで、私は謹んで以下の施策を提案する。おそらく誰も異議は無いものと思われる。
70歳以上の高齢者は、フィットネストラッカーの着用を義務付け、一定の条件を満たした場合のみ病院での医療費を2割負担とする。条件を満たさない高齢者は医療費は10割負担とする。
フィットネストラッカーとは、腕時計のようなもので、心拍数や運動量、睡眠時間等を常時記録する装置である。ここでは、わかりやすくするために「健康記録装置」と呼ぶ。また、一定の条件とは、高齢者が健康を維持するために必要な条件である。高齢者の身体、四肢の状態や、健康記録装置の技術レベル等により異なるので、話を簡単にするため、本提案では「毎日5000歩以上歩くこと」とする。
本提案により、不要不急の診察を防止し、無駄な医療費を削減することが可能である。
高齢者は、毎日5000歩以上散歩し健康記録装置により健康を維持するために努力していることを証明した場合にのみ気軽に医療を受けられるのである。言い換えれば、毎日ずっとテレビを見て散歩もせず健康を維持するための努力をしていない高齢者は、いざという時には自己責任として全額医療費を自己負担してもらうということでもある。
高齢者は生物学的にも病気や怪我になりやすいので、若者世代や現役世代のように毎日普通に暮らしているだけではすぐに病院の世話になってしまう。常に健康に感心をもち健康になるための習慣を身につけることが重要である。そうすることによって、はじめて高齢者は安価な医療が受けられるのである。
つまり、診察を受ける権利が欲しければ、健康維持の努力義務を果たさなければならないということである。すでにお隣のアメリカでは、毎日一定歩数歩くと健康保険料が安くなるというサービスも始まっている。
ところで、最近になって真の愛国者として尊敬される人物から、私の提案をより良くするためのアイデアをいただいた。
彼が言うには、高齢者は様々な病気を抱え、体のあちこちが弱っている。そのため、なんらかの薬や栄養剤を毎日飲むことを余儀なくされている。さらに、薬の種類が多く、いちいち飲み方や飲むタイミングを確認して飲むことは、高齢者にとって苦痛でもある。
そこで、この健康記録装置に、必要な薬や栄養剤をセットできるようにすると、より健康維持に貢献するというのである。
つまり、必要な時間になると、この健康記録装置からポッと薬が出てくるのである。このようにすれば薬の飲み忘れや、飲み間違いも防ぎ、病気の治療や健康維持に役に立つことは間違いない。もちろん健康記録装置が体の状態をチェックしているので、正しく薬を飲んだかどうかも検知できる。
しかし、この尊敬される愛国者のアイデアはまさに敬意を払うべきものであるが、必ずしも彼の考えに賛成するわけではない。
というもの、この健康記録装置は健康を記録するための装置であって、薬が出てくる機能を追加してしまうと、それはもはや記録装置ではなく健康維持装置となってしまい、提案の趣旨が大きく異なることになる。
また、そのような機能があると装置のセキュリティが複雑となり、広く普及するための障害となってしまう。例えば、日頃から血圧の薬を常用している高齢者がいたとして、この高齢者の息子がテレビでその薬は飲み過ぎると本当は体によくないという報道を目にしたとする。
そうすると、その息子はよかれと思って、健康記録装置にセットされている血圧の薬を、父の大好きな焼酎に入れ替えてしまうかもしれない。そうすると、この高齢者は毎日大好きな焼酎を飲み続けることになってしまう。本人はとてもありがたい装置に思うだろうが、健康維持の観点からいうと大損害である。
話がかなり脱線してしまった。本題に戻る。私の提案の長所をみると、明らかに最も重要視されるべき点が数多く存在する。
第1に、高齢者が積極的に健康に感心をもち、心身ともに健康になることでむやみに病院に出かけることを防止することができる。病院は不要な患者が減り、本来の医療業務に専念することができる
第2に、健康を維持するために歩かなくてはならないため、高齢者が積極的に外出するようになる。その結果として地域の経済やコミュニティの活性化が期待できる。
第3に、常に健康状態を記録しているため、高齢者の孤立化、孤独死を防止することができる。
第4に、緊急の病気や怪我の場合には、医師が健康記録装置に記録されている普段の健康状態の記録をみて迅速な治療や診断が可能となる。
第5に、健康記録装置を利用すれば、高齢者の医療分野だけでなく、介護の分野にもその記録が活用できる。
この他にも多くの利点が挙げられるだろう。健康記録装置が異常な数値を検知した場合に自動的に病院や家族等へ通知するようにすれば重症になる前に治療が可能となる。また、GPS(位置検出装置)を利用すれば、認知症や徘徊老人の異常行動も把握できるようになり、事故等が起るまえに対処が可能となる。話を簡潔にするために、これ以上は省略する。
私には、この提案に対して異議申し立てがなされるなどと考えることができない。
多くの人々には、ぜひ次のことを認めていただきたい。
なぜこれほどまでに病院は高齢者で混雑しているのだろうか。それは本来必要のない高齢者まで、医療費が安くすむため、とりあえず病院に行くからである。必要な医療を必要な人に施すことはこれまでと同様である。だからこそ、医療費削減のためには、高齢者が積極的に健康になることが必須である。さらに健康になれば、労働も可能であり、医療費削減と経済活動の活性化と2重の効果が挙げられる。すべての高齢者が健康記録装置により、健康に感心をもてば、病気とは無縁な社会が実現できる。
私自身について言えば、長年にわたって無益で無駄で非現実的な考えを提案することに疲れきってしまった。ついに人生を諦めかけた時に、幸いにもこれまでに述べた提案を思いついたのである。これは明らかに斬新で、現実味があるから、これこそ真に価値ある試みとも思えるところがある。高齢者医療を必要な人だけに限定でき、これからの高齢化社会にとって高齢者が国家の負担とならなることを防止することができる。
私は、良心に賭けて、この提案に関して何ら利害関係が無いことを明言する。ただ日本国の将来の発展を願い、高齢化社会を積極的に受け入れ高齢者を中心として健康社会を実現すること以外に何ら関心を持っていない。私は、70歳以下であるから、したがって医療費負担は3割のままである。